呼吸するように我慢していませんか?
その我慢、当たり前になっていませんか
ここ数日、セッションをさせていただく中で、
抱えている悩みは違っていても、
うちに来られる方に
共通していることがあると感じました。
それは、幼い頃から自分の気持ちを抑え、
我慢することが当たり前に
なっているということです。
たとえば、職場で本当は納得できていないのに、
「大丈夫です」と言ってしまう。
友人からの誘いを断りたいのに、
「今日は用事があって」と嘘をついてまで
角が立たないようにしてしまう。
家族の前では、
自分の意見よりも
その場の空気を優先してしまう。
会議で意見を求められても、
「特にありません」
と答えてしまってから、
本当は言いたいことが
あったのに、
と後で気づいたことは
ありませんか。
誰かに「すごいね」
「頑張ったね」
と褒められても、
「そんなことないです」
「まだまだです」
と、つい謙遜してしまい、
素直に
「ありがとう」
と受け取れない。
SNSで誰かの頑張りや
幸せそうな様子を見て、
「それに比べて私は」
と、自分を
責めてしまうこともあるかもしれません。
そのひとつひとつは
小さなことに見えても、
積み重なると、
知らないうちに
心を疲れさせてしまいます。
セッションに来られる方の中には、
本当は残業したくないのに、
「大丈夫です」と
引き受けてしまい、
家に帰ってから
どっと疲れが出て、
涙が止まらなくなった
という方もいらっしゃいます。
また、
家族から頼まれごとをされると、
自分の予定を
後回しにしてでも
引き受けてしまい、
「なんで私ばっかり」
と、
モヤモヤした気持ちを
抱えたまま
過ごしている方も
いらっしゃいます。
そのときの気持ちを
うかがうと、
「断ったら
嫌われるかもしれない」
「迷惑をかけたら
いけない」
そう感じている
ことが多いのです。
そんな場面に、
心当たりはありませんか。
我慢が当たり前になった理由
そういう方の幼少期を見ていくと、
幼稚園に行きたくなくて
休みたいと言うとダメと言われた。
食べたくないおかずを残すとすごく叱られた。
着たくない服を無理やり着せられ嫌だと言うと
ワガママだと怒られた。
やりたくない習い事を無理やりやらされ、
練習もすごく厳しかった。
お父さんがいつもお母さんを怒鳴っていて、言うことを聞かないと自分もあのようになると我慢するようになった。
いつも
「お姉ちゃんだから」と、
自分が悪くなくても我慢するようになった。
「わがまま言わないで
偉いね」
「聞き分けが良くて
助かるよ」
そんなふうに、
我慢している姿を
褒められた経験がある方も
多いのではないでしょうか。
そうすると、
「我慢する私」こそが
好かれる自分だ
と、
潜在意識が
学んでしまうことがあります。
そのような経験が積み重なると、いつの間にか我慢が特別なことではなくなっていきます。
よく言われるのが
「自分では、我慢しているつもりはありませんでした」
とか、自分はすごく我慢強いんです。とか、
無意識に我慢しているのかもしれません。
と話される方が少なくありません。
ここが、我慢の厄介なところです。
我慢することがあまりにも当たり前になると、「私は今、我慢している」という自覚さえなくなります。
気づかないうちに、心も体も疲れている
呼吸をするように、自分の気持ちを抑える。
気づけば肩に力が入り、
息が浅くなっていたり、
大事な場面ほど
お腹が痛くなったり
することもあるかもしれません。
それも、
心が発している
小さなサインです。
人といるときには相手に合わせ、嫌でも笑い、本当は断りたいのに「いいですよ」と答える。
つらくても、「これくらい我慢しなければ」と自分に言い聞かせる。
誰かに褒められても、
「そんなことないです」
と、素直に受け取れない。
自分と誰かを比べて、
「あの人はできているのに、
私はダメだな」
と落ち込んでしまう。
だから、人と会った後にどっと疲れても、自分が人に合わせ続けていたことには気づかず、
「私は人付き合いが苦手なのかな」
「体力がないのかな」
と思ってしまうのです。
けれど、それはあなたの意志が弱いからでも、性格に問題があるからでもありません。
幼い頃に、自分を守るためには我慢するしかなかった。
その生き方を、心と体が今も覚えているんです。
小さな子どもにとって、
親に見放されることは、
命に関わるほど
怖いことです。
だから、
「我慢すれば怒られない」
「良い子でいれば
見捨てられない」
そう感じた瞬間に、
潜在意識はその考え方を
生き延びるための
大切なルールとして
記憶してしまいます。
そのルールは、
大人になった今の
安全な環境でも、
同じように
自動で
働き続けてしまうのです。
潜在意識は、幼い頃に
「我慢すれば怒られない」
「我慢すれば愛してもらえる」
と学んだやり方を、
大人になった今も
忠実に守り続けようとします。
だからこそ、
頭では「もう我慢しなくていい」
とわかっていても、
体が勝手に
我慢するほうを
選んでしまうのです。
そのため、今になって「もう我慢しなくていいよ」と言われても、頭ではわかっていても、簡単にやめることはできません。
それは、呼吸するように我慢してきた人に、「今日から呼吸をやめてください」と言うようなものです。
どうやってやめればいいのか、分からなくて当然なのです。
我慢をやめる、その一歩
我慢をやめるとは、突然すべてを投げ出したり、言いたいことを相手にぶつけたりすることではありません。
「私は、本当はどうしたかったのだろう」
「本当は、どんな気持ちだったのだろう」
これまで聞いてこなかった自分の声に、少しずつ耳を傾けることから始まります。
心の奥に押し込めてきた悲しさや怒り、怖さ、寂しさ。
そうした気持ちを一つずつ認め、我慢するようになった原因を丁寧に見ていく。
絡まった糸を一本ずつほどくように向き合っていくと、少しずつ肩の力が抜け、呼吸が深くなり、自分の気持ちを言葉にできるようになります。
そして少しずつ、
「私はこのままでいい」
「自分の気持ちを大切にしてもいい」
と思えるようになっていくのです。
もし「あなたは何を我慢していますか?」と聞かれても、何も思い浮かばないとしたら、それほど我慢が当たり前になっているのかもしれません。
まずは今日一日、自分が「本当は嫌だった」
「本当は休みたかった」
「本当はこうしたかった」と感じた瞬間がなかったか、心に尋ねてみてくださいね。
今日からできる小さな一歩
たとえば、
「大丈夫です」
と言いそうになったら、
一呼吸おいて、
「本当は、
どう思っている?」
と自分に聞いてみる。
断りたいときは、
すぐに返事をせず、
「少し考えますね」
と、
一度持ち帰ってみる。
褒められたときは、
反射的に否定せず、
「ありがとうございます」
とだけ、
言葉にしてみる。
誰かと比べて
落ち込みそうになったら、
「私は私のペースで
大丈夫」
と、
心の中で
そっとつぶやいてみる。
これは、
無理にポジティブに
なろうとすることとは
違います。
我慢してきた
自分を
責めるのではなく、
ここまで
よく頑張ってきたね、
と
認めてあげることから
始まります。
小さなことですが、
これだけでも、
「我慢することが
当たり前」
だった心に、
少しずつ
違う選択肢が
生まれていきます。
一人で頑張り続けなくて大丈夫です
ただ、「本当はこうしたかった」と気づけたとしても、
それだけで長年しみついた我慢のクセが、
すぐに消えるわけではありません。
言葉で「私は我慢しなくていい」
と何度自分に言い聞かせても、
潜在意識に刻まれた
幼い頃の思い込みが
そのままであれば、
また同じ場面で、
同じように我慢を
選んでしまいます。
一人で抱え続けていると、
何が原因で我慢するようになったのか、
自分では気づきにくいものです。
言葉を何度唱えても
変わらなかったという方も
多くいらっしゃいます。
それは、
やり方が
間違っているのではなく、
意識ではなく、
潜在意識の部分に
働きかける必要が
あるからなんです。
これまで、
たくさんの場面で、
自分の気持ちより
周りを優先して
生きてこられたのだと思います。
それは、
とても優しく、
とても頑張り屋さんな
証でもあります。
だからこそ、
これからは少しずつ、
自分の気持ちにも
同じくらいの
優しさを
向けてあげてほしいのです。
もし今、
「まさに私のことだ」
と感じたなら、
それは、
あなたがずっと
繊細に、
真剣に
生きてきた証です。
そんなときは、
まずはプチ体験セッションで、
悩みの原因と
今の状況を
一緒に整理してみませんか。
あなたが悪いのではありません。
幼い頃、そうするしかなかっただけなんです。
これまでよく頑張ってきましたね。
一人で頑張り続けなくて大丈夫です。